第5回「教育は、テクニックではありません」

最近、教育ということについて考えています。

そんな折、とある学会の学術講演会に参加し、多くの研究者と話す機会がありました。
この学会が他と比べて珍しい点は、金属材料の研究者と医学系の研究者が一同に会することです。比較的広い学問領域からの意見が聞けるということもあり、かなり長い時間を人と話をすることに費やしました。

実は、そこで印象に残ったのは教育の重要性に関する話題です。
しかも、若い人の教育の必要性を熱く語る人が非常に多かった点です。
教育は昔から連綿と行なわれていますし、話を聞いた研究者のかなり多くは大学で教鞭を取る方々です。

私が感じたのは、今の教育に何かが足りないという危機感を持った「先生」が非常に多いということでした。「そうだとするとそれはあなたの怠慢では?」とは言いませんが、少なくとも今の教育に何かの限界を感じているようでした。

確かに第三者機関の調査で、日本の若者の学力は外国に比べて落ちているように見えます。特に理数系科目で顕著であり、そもそも子供たちの学問に対する興味が下がっているというのが、数年前から一貫したメディアの論調のようです。
(http://www.pisa.oecd.org/pages/0,2987,en_32252351_32235731_1_1_1_1_1,00.html)

こういう話題が出たとき、私がいつも思うのは、本当にそんなに日本の若者の能力が下がっていってるのだろうかということです。

そもそも、人間の頭脳がそんなに短い期間に見る見るうちに下がっていくとは思えません。しかも、社会における情報量は圧倒的に増え続けています。PCの前に座ってWEBを検索すれば、机に座って黙々と本を読むよりも何倍もの情報が簡単に手に入ります。

生まれたときからそのような環境の中で育っている今の若者は、ひと昔前のおじさんやおばさんよりもずっと多くの情報に接しているはずです。

私は、その現実と教育に関する今の風潮にどうしてもギャップを感じてしまうのです。

実は社会に取り残されているのは、むしろ古い考えに染まっているおじさんやおばさんではないかと考えてしまいます。

取り残されている人たちが、必死に考えた物差しで今の若者を計ろうとして失敗しているのではないか、現実はもっと進んでいるのではないか、だからこそ漠然と先生方は今の教育に限界を感じているのではないかということです。

WEBで情報を得る社会では、あらゆる価値観が混沌となっています。どこかに基準を置かない限り、無重力状態の中で漂う宇宙飛行士のようになってしまいます。

そこで、拠り所として重要になるのは自分という基準です。

これからの教育で最も重要なのは、基準となる自分を持つこと。
でも、独りよがりの自分ではなく、様々な人とのつながりの中で自分のポジションを常に修正するというバランス感覚が必要になります。

本来的に子供たちは理科系が好きです。情報の洪水の中で、きちんと自分のポジションを持つことができれば、自ずと理科系に興味を持つと思います。

そもそも、教育に限界などあるとは思えませんので、研究者自身が自分はこのようなポジションなんだということに自信を持つことで、ついてくる若者はたくさん出てくると思います。

そこで出た私の結論は、教育は自分に自信を持つことからはじまるということです。政治家やメディアに煽られたテクニックの議論はそろそろやめましょう。

●博士の独り言●
バックナンバーは
こちら

第1回
「まりりん的はずるいのか」


第2回
「労働の変換効率」


第3回
「日本の若手エンジニア」


第4回
「情報の重さと手間は比例します」


博士の独り言への
ご意見・ご感想は
こちらへ




「あら、博士。
こんなところでブツブツと」
TOPへ戻る
Copyright @2008 Realize Science & Engineering Co., Ltd. All right Reserved mailto:information@realize-se.co.jp